| 歴史学通信 Vol.22 (1998/7) |
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小特集 古代出雲文化展
石川陽春
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博物館実習+博物館実習に係る事前及び事後指導
島根会場の会期中に、県立博物館で、学芸員資格の取得に必要な博物館実習を受けましてね、実習の講師で、「古代出雲文化展」(以下、「出雲展」)の仏教美術の展示を手がけられた的野克之先生(県立博物館)を始め、「出雲展」を中心になって企画した県古代文化センターの学芸員のお話などから、「出雲展」を教材にして、1つの展覧会の成り立ちとか、学芸員が果たす役割とか、具体的に、さまざまな角度から迫る機会に恵まれました。
中でも古代文化センターの松本岩雄さんの言葉からは、「出雲展」がその場限りのお祭りに終わるんじゃなくて、出雲地方、ひいては島根県の古代史研究の成果を、県民にわかりやすい展覧会のような方法で報告し続ける、そのステップになれば、という期待がにじみ出ていて印象に残りましたね。当初、「出雲展」の企画会議のメンバーは、松本さんも含めて展覧会の経験のない人ばかりだったそうで、手探りで企画を練るしかなかった。しかしそうした暗中模索の経験が、これから県立の歴史系博物館を作る時に、早い段階から学芸員の意見が計画に反映されるような環境を整える役割を果たすんじゃないか、とのことでした。
市町村立の博物館や文化ホールが続々建設される今日このごろですが、ハード作りばかりが先走って、ソフトを育てることを忘れて、その施設のポリシーを打ち立てることができないという話をよく聞きます。松本さんのお話は、そうした教訓の充分な蓄積を受けてのことだと思います。「出雲展」が歴史系博物館へのステップとして意識され始めたのが、展覧会を準備する過程のどの段階でのことであったのか、実際のところはわかりませんが、「出雲展」の総括を待たずにソフト先行型の試みとして明快に「出雲展」を位置づけようとしている点には、大変興味を覚えました。
ハード作りへのステップということとの関連で言えば、県立の歴史系博物館がない今の段階では、島根会場が2箇所、無料シャトルバスで結ばれるような位置に分かれてたのも、悪くなかったと思う。展覧会場とセットで、その周辺に散在する、「出雲展」ゆかりの遺跡や古墳、社寺、博物館を訪れて、自分だけの「出雲展」を組み立てる愉しみは、島根会場にしかありません。同じ時期に近くで開催された「山陰・夢みなと博覧会」(鳥取県境港市)じゃありませんが、島根会場もまた「万博」だったんです。島根会場にあわせて運行された、1日フリーパスで利用する周遊バスに、博物館実習で機会があって乗りましたけど、なかなか盛況でした。それから実習の一環で、博物館の来場者にアンケートしますと、――東京会場にも行ったけれど、古墳や遺跡を実際に見たくてやってきた、という回答がたくさん返ってきました。
さて、問題は「万博」以降です。島根会場の会期中からさまざまな方面から提言がありましたように、歴史系博物館で出雲展を「常設化」するにしろ、周遊バスの定期路線化を図るにしろ、今回「出雲展」に携わった学芸員や行政担当者の経験を、どのように受け継いでいけばよいのでしょうか? 先ほど、博物館設置に向けてのソフト先行型の試みであることの自覚、ということを申しましたが、その自覚が今後に生かされるかどうかは、まだ形として県民に示されていないんじゃないでしょうか。年度が改まっていない現段階ではやむを得ませんが、特に人事異動が頻繁に行われる行政側は、「出雲展」の成果を生かすための組織を早急に設ける必要があると思います。この記事が発表される春には、果たして受け皿は用意されていますかどうか。
「出雲展」というよりは博物館建設一般の話になってしまいましたね。談話の趣旨に沿えず恐縮です。
[談]
附記
いしかわ・きよはる――法文学部文学科歴史学専修3年(日本史学)。ghum@smn.enjoy.ne.jp
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(C)島根大学『歴史学通信』編集委員会,
1998
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