| 歴史学通信 Vol.22 (1998/7) |
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小特集 古代出雲文化展
原田敏照
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1997年度に行われた「古代出雲文化展」は、無事大成功におわり、強烈に古代出雲のイメージをアピールできたのではないかと考えられる。
さて、「古代出雲文化展」の中で私は、考古部門のプロジェクトチームに恥ずかしながら所属しており、3年ほど前から準備をおこなってきた(ちなみに1つの展示でここまで準備期間が設けられた例はほとんど見あたらないと考えられるが、)。おかげで、1つの大きな仕事を準備期間から立ち会えるという幸運にも恵まれていたが、展示の中で大きな役割を果たしていたかは疑問である。そういう立場の私が「古代出雲文化展」について何か書くのも本当は恥ずかしいのだが、学生時代から係わっていた「西谷3号墓」の展示コーナーの準備段階での話をいくつか書いてお許し願いたいと考える。
西谷3号墓は、今更説明することでもないが、四隅突出型の弥生墳丘墓であり、出雲での王墓の出現の象徴的存在ではある。そして、「古代出雲文化展」の中でも青銅器の展示と並ぶ中心的な展示コーナーを占めるものであった。そこで、そこの展示は、かなり力のはいったものであった。当初は、原寸大の西谷3号墓が展示室に出現するスケールの大きい展事案があがっていたのだが、残念ながらそんなスケールの大きい展示会場が存在するはずもなく、みなさんがご覧になった通りの展示構成に落ち着いたのである。
展示の中では、出土した供献土器と墓上祭祀の復元が中心としてあげられ、その準備にはさまざまな検討が行われた。以下その2つの展示準備の様子を述べたい。
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(C)島根大学『歴史学通信』編集委員会,
1998
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